私は、製造業を営む会社の創業オーナーで代表取締役社長でした。長男は専務取締役でしたが、会社を任せてほしいというやる気に満ちており、このたび私は社長を辞め、長男に社長の地位を譲りました。長男は35歳で若いことから少し心配していたものの、創業当初より私と会社を支えてくれた役員に「自分たちが新社長である長男を支えていく」と言われ、任せてみることとしました。また、私が代表者を退くときには、創業者ということもあり、高額な役員退職金を受領できました。以前から高く評価されている自社株につき、私が全株保有していることから、万一の場合の相続税が気にかかっていました。しかし、自社株の評価額の大幅な減少が予想されましたので、この機会に自社株についても全株を長男に贈与し、安心していました。しかし、数カ月後、長男は私が譲った自社株の議決権を行使し、私を支えてくれていた役員全てを解任し、自分に逆らわない人たちに総入れ替えしてしまいました。長男は私にも逆らって暴走し、社内での傍若無人な振る舞いから、社員から不信の念を抱かれています。社員の士気が下がり、業績も実際に下降しています。株価が下がって好機であっても、しばらく自社株を渡さずにいるべきだったのでしょうか?

 

Q.
 私は、製造業を営む会社の創業オーナーで代表取締役社長でした。長男は専務取締役でしたが、会社を任せてほしいというやる気に満ちており、このたび私は社長を辞め、長男に社長の地位を譲りました。長男は35歳で若いことから少し心配していたものの、創業当初より私と会社を支えてくれた役員に「自分たちが新社長である長男を支えていく」と言われ、任せてみることとしました。また、私が代表者を退くときには、創業者ということもあり、高額な役員退職金を受領できました。以前から高く評価されている自社株につき、私が全株保有していることから、万一の場合の相続税が気にかかっていました。しかし、自社株の評価額の大幅な減少が予想されましたので、この機会に自社株についても全株を長男に贈与し、安心していました。
 しかし、数カ月後、長男は私が譲った自社株の議決権を行使し、私を支えてくれていた役員全てを解任し、自分に逆らわない人たちに総入れ替えしてしまいました。長男は私にも逆らって暴走し、社内での傍若無人な振る舞いから、社員から不信の念を抱かれています。社員の士気が下がり、業績も実際に下降しています。株価が下がって好機であっても、しばらく自社株を渡さずにいるべきだったのでしょうか?

A.
 持株比率と株主の主な権利の関係は、次のとおりです。
○1株以上…議決権、株主代表訴訟提起権、利益配当請求権、残余財産請求権
○1%以上…総会提案権
○3%以上…総会招集権、帳簿謄写閲覧権
○10%以上…解散請求権
○3分の1超…株主総会特別決議の否決(拒否権)
○2分の1超…株主総会普通決議の可決(取締役・監査役の選任等)
○3分の2以上…株主総会特別決議の可決(取締役・監査役の即時解任、定款変更、金庫株、第三者割当増資、合併、株式移転、株式交換、会社分割等)

 自社株には、相続財産として課税対象となる「財産」という側面と、株主総会で議決権を行使できる権利としての「経営権(議決権)」という二つの側面があります。したがって、自社株の承継は容易ではありません。後に課される相続税の負担を軽減するためには、株価が下がっているタイミングで後継者に引き継ぐのは合理的であるものの、経営権を与えられた後継者が暴走してしまうケースも見受けられます。実際にこのようなことを気にかけて、まだ自社株を譲る気にならないというケースも少なくありません。
 ご質問のケースでは、経済合理性を考慮すると株価が下がった際に自社株を贈与することは適切でしたが、経営権を保有させて会社を支配できる権利を付与することについては、早すぎたと思われます。民事信託を活用することにより、議決権はオーナーであるご質問者に残しつつ、自社株の実質的な財産権を後継者である長男に渡すことが可能でした。
 信託というのは「委託者」が自らの所有財産を信頼できる「受託者」に託し、目的に沿って管理・運用・処分をして、その財産より生まれる利益は「受益者」に給付するものであり、民事信託はこれを家族間等で行うものです。信託を設定すると、財産の管理者と、財産の経済的な所有者が切り離され、管理者が受託者で、経済的な所有者が受益者となります。受託者は財産を預かって管理しているに過ぎず、実質的な所有者は受益者です。したがって、税務上、信託財産は受益者に帰属しているものとして課税されます。故に、信託が設定されると、税務上は委託者から受益者に財産の移転(贈与)があったものとみなし、贈与税が課されます。
 オーナーであるご質問者が委託者かつ自ら受託者となり、後継者である長男を配当金等の分配を受ける受益者とすれば、議決権は自身で引き続き行使できます。そして、受益者は後継者であることから、実質的な財産の帰属は後継者となり、この時点で後継者に贈与税が課されます。この際に株価が下がっているタイミングで信託が設定されれば、後継者の贈与税の負担を軽減することができます。この自ら受託者となる信託のことを「自己信託」と呼び、その設定については公正証書の作成により設定することができます。なお、後継者が成長する程度により、信託期間を10年間として経過後は議決権を後継者に譲るなどという設定もできます。

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